はじめに|「信頼しているから契約書はいらない」が最大の罠
「仲の良いクライアントだし、契約書なんて堅苦しいものは不要かな」
「SNSのDMでやり取りしているから、それが証拠になるだろう」
動画編集の世界では、こうした甘い認識が原因で、数多くのクリエイターが涙を飲んできました。2026年現在、動画広告市場の拡大に伴い、安価な単価での「買いたたき」や、数え切れないほどの修正指示(修正地獄)、納品後の音信不通といったトラブルが急増しています。
契約書は、単なる「約束の紙」ではありません。トラブルが起きた際にあなたを守る「最強の防具」であり、プロとしての信頼を示す「看板」でもあります。この記事では、動画編集特有のトラブルを回避するための契約書の作り方を、詳しく解説します。
第1章:動画編集契約で必ず盛り込むべき「7つの重要項目」
動画編集は、単に「データを切って貼る」だけの作業ではありません。工数が不透明になりやすいため、以下の項目を明確に定義する必要があります。
1. 業務内容の「詳細な定義」
「動画編集一式」という曖昧な表現は厳禁です。以下の範囲を具体的に記します。
- 素材の長さ(元データの尺)と完成動画の予定尺。
- テロップ入れの有無(フルテロップか、要所のみか)。
- BGM・効果音(SE)の選定・挿入の有無。
- カラーグレーディング(色調補正)やMA(音整)の有無。
2. 「修正回数」と「追加料金」の明文化
クリエイターを最も苦しめるのが「終わらない修正」です。
「無料修正は2回まで。3回目以降、または当初の指示にない大幅な構成変更は追加費用〇〇円を申し受ける」といった文言は必須です。これにより、クライアント側も慎重にチェックを行うようになります。
3. 納品形式と「プロジェクトファイル」の扱い
完成したMP4データだけでなく、Premiere Proなどの「プロジェクトファイル」まで要求されることがあります。プロジェクトファイルは技術の結晶であり、通常は別料金(または譲渡不可)とするのが実務上の通例です。ここを曖昧にすると、技術を盗まれて契約を打ち切られるリスクがあります。
4. 報酬の支払い時期と「源泉徴収」
「納品月の翌月末払い」など、明確な期限を設けます。また、個人事業主の場合は源泉徴収の有無についても明記し、確定申告時に困らないようにしましょう。
5. 著作権の帰属先(譲渡するか否か)
動画の著作権は原則として制作者に帰属しますが、多くの案件では「対価の支払いをもって発注者に譲渡する」という契約になります。ただし、著作者人格権(氏名表示権など)をどう扱うかも忘れずに記載しましょう。
6. 制作実績としての公開可否
「ポートフォリオとして公開していいか」は、クリエイターのキャリアに直結します。「クライアントの承諾を得た上で、自身のWebサイト等で実績として公開できる」という条項を入れておくべきです。
7. 損害賠償の制限
万が一、納期遅延などで損害を与えてしまった場合、報酬額を超える賠償を請求されないよう「報酬額を上限とする」といった防衛条項を入れます。これがないと、企業の損失全てを背負わされるリスクがあります。
第2章:【実務用】そのまま使える動画編集・業務委託契約書テンプレート
一般的な動画編集案件で汎用的に使える文面例です。自身の状況に合わせてカスタマイズしてください。
業務委託契約書(抜粋)
第1条(目的) 甲(発注者)は乙(受注者)に対し、動画編集業務を委託し、乙はこれを受託する。
第2条(業務の詳細) 乙が行う業務は、甲が提供する素材に基づき、尺〇分の完成動画を制作することとする。詳細な仕様は別途メールまたはチャットツールでの合意に従う。
第3条(報酬) 本業務の対価は、1本あたり金〇〇円(消費税別)とする。
第4条(修正) 無料での修正対応は原則2回までとする。甲の心変わりによる大幅な構成変更については、別途協議の上、追加報酬を定めるものとする。
第5条(著作権) 本物件の著作権は、報酬の完済をもって乙から甲へ移転するものとする。ただし、乙は本物件を自身の制作実績として公開できるものとする。
第3章:2026年最新|電子契約と「下請法」の強化
デジタル化が進んだ現在、契約の形も変化しています。特に注意すべき2つのトピックを挙げます。
1. クラウドサイン等の電子契約の活用
紙の契約書に印鑑を押して郵送する手間は、2026年では過去のものです。「クラウドサイン」や「ドキュサイン」などの電子署名サービスを利用することで、法的な証拠能力を維持したまま、数分で契約を締結できます。手数料をケチってDMだけで済ませるよりも、遥かに高いリターンがあります。
2. 「フリーランス保護新法」への対応
2024年に施行された通称「フリーランス新法」の影響が、2026年現在さらに強まっています。企業が個人に発注する場合、業務内容や報酬額、支払期日を明示しないことは法的に罰せられる可能性があります。クライアントが提示してこない場合は、クリエイター側から「新法に基づき、内容を確定させてください」と促すことが正当な権利です。
第4章:プロジェクトファイル(.prproj等)の譲渡を巡る攻防
実務で非常に多いのが、プロジェクトファイルの要求です。これには以下の視点が必要です。
- 譲渡する場合: 編集の「手の内」を全て見せることになるため、制作費の1.5倍〜2倍程度の「技術譲渡料」を上乗せするのが業界の標準的な考え方です。
- 譲渡しない場合: 「将来的なメンテナンスや修正は乙(クリエイター)が継続して行う」という前提で、素材管理の責任範囲を明確にします。
第5章:行政書士に契約書作成・チェックを依頼するメリット
ネットで拾った雛形をそのまま使うことには、大きなリスクがあります。なぜプロに依頼すべきなのでしょうか。
1. 「あなたの案件」に最適化された特約の作成
YouTube編集、TikTok広告、企業のPR動画……。それぞれで発生しやすいトラブルは異なります。プロはあなたの業務形態をヒアリングし、最も穴のない特約を構築します。
2. 交渉を有利に進める「第三者の視点」
「行政書士が作成した契約書です」と提示することで、クライアントに対して「このクリエイターはコンプライアンス意識が高く、適当な扱いはできない」という強烈な印象(抑止力)を与えることができます。
第6章:【重要】動画素材と第三者の権利保護(肖像権・著作権)
2026年現在、AIによる生成素材やストック素材の利用が一般化していますが、ここで発生する権利侵害の責任を誰が負うのかを明確にしないと、編集者が数千万円単位の損害賠償を背負うリスクがあります。
1. 権利保証条項の重要性
クライアントから提供された素材(BGM、映像、写真、ロゴ等)に著作権侵害や肖像権侵害があった場合、編集者は「指示通りに作っただけ」では済みません。契約書には必ず「提供素材の権利処理は甲(クライアント)の責任で行うものとし、万が一第三者から請求があった場合は、甲が全責任を負い、乙(編集者)を免責する」という一文を入れましょう。
2. フォントや素材のライセンス管理
編集者が自分で用意したフォントやエフェクト素材についても、商用利用の範囲を再確認し、必要であれば「乙が用意した素材に関する権利保証」を明記します。特にYouTubeの収益化動画や企業広告では、ライセンス違反が即座に「チャンネル停止」や「広告取り下げ」に直結するため、非常にシビアな項目です。
第7章:秘密保持(NDA)と情報漏洩の防止実務
動画編集者は、クライアントの未発表の商品情報や、出演者の個人情報、企業の戦略的な内部資料に触れる機会が非常に多い職種です。
1. 編集前の「未公開データ」の扱い
「新製品の発表前に動画の一部をSNSに載せてしまった」「編集画面をキャプチャして投稿した」といった行為が、企業の損害に繋がり、訴訟に発展するケースがあります。秘密保持条項では、何を「秘密」とするかだけでなく、「業務終了後のデータの廃棄方法」まで指定するのがプロの契約です。
2. 外注(再委託)の可否
「自分では手が回らないから、一部を仲間に手伝ってもらう」場合、クライアントの許可なく再委託することを禁止する条項が一般的です。もし再委託の可能性があるなら、「乙は、本契約と同等の秘密保持義務を負わせた上で、第三者に再委託できる」という一文を追加し、リスクヘッジをしておく必要があります。
第8章:契約の「終わり」をデザインする|解除と中途解約
プロジェクトが途中で頓挫した場合、あるいはクライアントとの相性が悪く継続が困難になった場合、どのように「円満に終わらせるか」も契約書の重要な役割です。
1. 出来高払い(プロラタ)の規定
動画が100%完成していなくても、構成案(プロット)の作成や素材の選定には工数がかかっています。中途解約になった場合、「その時点までに完了した作業量に応じて、報酬の〇〇%を支払う」という出来高払いの規定を入れておくことで、「タダ働き」を防ぐことができます。
2. 契約解除権の発動条件
「連絡が〇日以上取れなくなった場合」「報酬の支払いが遅延した場合」に、編集者側から契約を即時解除できる権利を明記します。これにより、返信のないクライアントを待ち続けて他の案件を受けられない、という「機会損失」を回避できます。
第9章:2026年の商習慣|インボイス・フリーランス新法と価格改定
物価高騰や法改正が続く中、一度決めた単価を据え置くことは経営上のリスクです。
1. インボイス制度下での消費税処理
2026年現在、免税事業者と課税事業者の間での取引において、消費税分の「値引き強制」は下請法等で厳しく制限されています。契約書には必ず「消費税別」であることを明記し、税制の変更があった場合には協議の上で報酬を改定する旨の「租税公課条項」を盛り込むのが賢明です。
2. 継続案件における価格改定条項
数年にわたる継続案件の場合、機材のサブスクリプション代や電気代、技術の習熟度向上に合わせて、定期的に単価を見直す権利を確保しておきましょう。「本契約締結から1年が経過した際、両者協議の上、報酬額の見直しを行うことができる」といった一文が、あなたの将来の収益を守ります。
第10章:トラブル発生時の「準拠法」と「管轄裁判所」
リモートワークが主体の動画編集では、東京の編集者が沖縄のクライアントと契約することも珍しくありません。もし裁判になった場合、沖縄の裁判所まで何度も通うのは現実的ではありません。
「本契約に関する紛争については、乙(編集者)の所在地を管轄する裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と記載しておくことで、万が一の際の負担を最小限に抑えることができます。これは「書いたもの勝ち」の側面があるため、必ず自身の有利な地域を指定しましょう。
まとめ|契約書は「あなたの技術」を守るための最後の砦
動画編集の世界は、一見華やかですが、その裏側には泥臭い権利関係と緻密な工数管理が存在します。契約書を作成するということは、単に「お金をもらう」ための手続きではなく、「自分の時間と技術を不当に搾取されないための境界線を引く」という崇高な行為です。
「修正地獄」「未払い」「著作権トラブル」……これらはすべて、最初の一歩である契約書で防ぐことができます。2026年、さらに加速する動画コンテンツの激流の中で、あなたがプロとして誇りを持って活動し続けるために、今すぐ隙のない契約書を手にしてください。
もし、自分の案件に特化した独自の条項が必要な場合や、相手から提示された契約書に不安を感じる場合は、法務のプロに相談することを躊躇しないでください。その一歩が、将来の数倍の利益と、揺るぎない安心感をもたらします。
詳しくは こちら もご覧ください
※本記事は2026年現在の民法、著作権法、フリーランス保護新法、下請法等の関係法令に基づき作成されています。個別の契約内容や状況(AIの利用規約、海外取引等)により最適な条項は異なります。重大な契約を締結する際は、必ず行政書士や弁護士等の専門家によるリーガルチェックを受けてください。

