遺言の確実な実現へ 自筆証書遺言の保管制度と検認手続き不要のメリット

はじめに

ご自身の人生の終わりに際し、残された大切な方々への想い、そして財産の分配に関する具体的な意思を明確にするために作成されるのが遺言書です。
特に自筆証書遺言は、手軽に作成できるという大きな利点がある一方で、作成後の「保管」という点で多くの課題を抱えていました。
遺言書が自宅の金庫や引き出しに保管されている場合、相続が開始した際にその存在自体が相続人に知らされないままになってしまったり、あるいは、発見されたとしても、その後の遺産分割を巡って意図的に偽造や変造が疑われてしまうリスクがありました。

こうした自筆証書遺言が抱える不確実性を根本的に解決するために、平成三十年七月、法律が改正され「自筆証書遺言の保管制度」が創設されました。
この制度は、自筆証書遺言を国の機関である法務局が安全かつ確実に保管するという画期的な仕組みです。

本記事では、この制度を利用することの法的な重要性、そして相続が開始した後に遺言書を円滑に利用するための具体的な検索方法や必要手続きについて、専門的な視点から詳しく解説いたします。
遺言書を作成する方の安心のため、また、相続人となる方が故人の意思を正確に実現するため、この制度の全容を理解し、その確実性を最大限に活用する方法を知っておくことが不可欠です。

この記事でわかること

本記事を通じて、自筆証書遺言の法務局における保管制度の全体像と、この制度が相続手続きにもたらす極めて大きなメリットが明確になります。
具体的には、この制度を利用した場合の遺言書の検索方法、そして相続人や受遺者が知っておくべき遺言書保管事実証明書や遺言書情報証明書の請求手続きについて具体的な手順を理解することができます。

また、自筆証書遺言が抱える最大の手続き上の課題であった家庭裁判所による検認手続きが不要になるという法的な恩恵についても深く掘り下げて解説いたします。
このメリットは、相続開始後の手続きの迅速化、そして親族間の紛争予防に直接的に寄与するものです。

さらに、遺言書が保管されているか否かを調べる「検索」活動を行う際の、注意点や必要となる身分証明書などの実務的な情報についても触れてまいります。
遺言の効力を確実に実現し、残された家族がスムーズに次のステップへ進むための法的基盤を築くための知識を、ぜひ習得してください。

事例 保管制度を利用しなかったための混乱

これはあくまで架空の事例です。

父Aは、生前に自筆証書で遺言書を作成しましたが、「誰にも迷惑をかけたくない」という思いから、自宅の仏壇の奥深くに隠すように保管していました。
遺言書には、長女Bには迷惑をかけたので遺産は残さず、長男Cに全ての財産を相続させるという内容が記されていました。

四十九日法要を終えた後、長男Cが偶然遺言書を発見しましたが、その内容に不満を持った長女Bは「父は亡くなる直前に作成能力がなかったのではないか」「これは兄が自分に不利になるように書き換えたのではないか」と疑念を表明しました。

この遺言書は法務局の保管制度を利用していなかったため、長男Cはすぐに遺言の内容を実現することができず、まず家庭裁判所に検認手続きの申立てを行う必要が生じました。
検認の手続きには、相続人全員の戸籍謄本など多くの書類を集め、裁判所からの呼び出しを受け、手続きを終えるまでに数カ月を要しました。

さらに、検認が済んだ後も、長女Bは遺言書の有効性そのものを巡って異議を唱え続け、結果的に家族間の話し合いは決裂し、遺産分割協議は裁判へと発展してしまいました。
もし父Aが法務局の保管制度を利用していれば、この検認手続きの煩雑さ、そして遺言書の真正性に関する不必要な争いの多くを回避することができたはずなのです。

法的解説、専門用語の解説

自筆証書遺言の保管制度の概要とメリット

自筆証書遺言の保管制度は、遺言者が作成した自筆証書遺言を、法務局が責任を持って管理・保管する制度です。この制度を利用する最大のメリットは、先の事例で見たような検認手続きが不要になるという点にあります。
検認とは、家庭裁判所が遺言書の形状、日付、署名などを確認し、その時点の遺言書の状態を確定する手続きですが、法務局が保管している遺言書については、法務局においてすでに厳格な確認がされているため、この煩雑な手続きを省略することができます。

この制度によって、相続が開始した後の手続きが大幅に簡略化され、遺言書の内容の早期実現につながります。
この点は、特に相続開始直後の、遺族が悲しみの中で手続きを進めなければならない時期において、大きな精神的、時間的負担の軽減となるのです。

遺言書保管事実証明書の交付請求と遺言書情報証明書

相続が開始した後、相続人が最初に行うべき手続きの一つが、故人の遺言書が法務局に保管されているかどうかの確認です。
法務局では、相続人や受遺者といった利害関係者からの請求に基づき、遺言書保管事実証明書を交付します。

この遺言書保管事実証明書は、故人が法務局に自筆証書遺言を預けていたという事実を公的に証明するものです。
この証明書を取得した後、相続人等は、遺言書の内容を証明する遺言書情報証明書の交付を請求したり、法務局の遺言書保管ファイルに記録されている遺言書の画像を閲覧したりすることができます。
これらの証明書は、相続登記や預貯金の解約といった具体的な相続手続きにおいて、遺言書の写しとして効力を持つことになります。
遺言書情報証明書には、遺言書の全文が記載されており、これにより相続人は遺言の内容を正確に把握し、遺産分割協議や各種手続きを進めることが可能になるのです。

民法第1004条の検認の規定と制度の意義

自筆証書遺言の保管制度のメリットを法的な側面から理解するためには、民法に規定されている検認手続きについて知る必要があります。
民法第千四条第一項には、検認に関する重要な規定が設けられています。

遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。
封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。

この条文が示す通り、法務局に保管されていない自筆証書遺言については、発見者が勝手に開封したり、内容を実現したりすることは許されず、必ず家庭裁判所の関与が必要となります。
この検認手続きは、前述のように時間と手間がかかるだけでなく、相続人全員への通知が必要となるため、結果的に親族間の対立を生むきっかけとなることも少なくありません。

しかし、法務局の保管制度を利用した遺言書は、法律の特例により、この民法第千四条の検認が不要とされています。
この規定からの除外こそが、保管制度がもたらす最大の法的恩恵であり、遺言者の意思を速やかに、かつ確実に実現するための法的基盤となるのです。遺言書を作成する段階でこの制度を利用することは、ご自身の意思を実現するための最も確実なアクションプランと言えるでしょう。

まとめ

自筆証書遺言の保管制度は、遺言書の作成者が抱える「紛失や変造の恐れ」と、相続人が抱える「検認手続きの煩雑さ」という二つの大きな課題を同時に解決するための、法的に非常に優れた仕組みです。
遺言書が法務局に保管されているという事実は、遺言書の真正性を裏付け、相続開始後の不必要な争いを防ぐための揺るぎない証拠となります。

相続が開始した後、相続人は法務局に遺言書保管事実証明書の交付を請求することで、故人が遺言書を残していたかどうかを確実に把握できます。
そして、検認手続きが不要となることにより、相続人は迅速に遺言書の内容に基づく相続手続きへ移行することが可能となります。

遺言書を作成する際には、その内容だけでなく、作成後の「保管」と「執行」の確実性を考慮することが、ご自身の意思を最も確実に実現する鍵となります。
行政書士は、遺言書の原案作成や、法務局への保管申請手続きに関するご相談、さらには保管後の遺言書情報証明書を活用した相続手続き全般にわたるサポートを行う、権利義務に関する文書作成の専門家です。
遺言書の作成・保管、あるいは相続手続きについてご不明な点や不安な点がございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。

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