はじめに
準委任契約の実務においてよくある誤解のひとつが、「契約を解除すれば報酬は払わなくてもいい」という認識です。
民法651条では、委任契約はいつでも解除できるとされています。しかし、履行済みの業務に対して報酬を支払わずに解除した場合、信義則違反としてトラブルに発展する可能性があります。
本記事では、法的根拠と実務対応の観点から、解除時にどのように誠実に対応すべきか、信義則に違反しないための交渉ステップと注意点を解説します。
「信義則違反」とは?
民法第1条第2項では、以下のように定められています。
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
つまり、解除自体が法律上可能であっても、その行使の仕方が一方的で不誠実なものであれば「信義則違反」とされる恐れがあるということです。
とくに準委任契約では、成果物の完成よりも、労務提供自体に対する対価が発生するため、「途中で解除したから支払わない」という対応は極めてリスクが高いといえます。
信義則違反と評価されるケースとは?
以下のような対応は、法的には解除が認められていても、実務上「不誠実」と評価される可能性が高いです。
ケース | 内容 | 評価 |
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① 業務が一定程度進行しているのに全額未払い | 進捗20~30%でも報酬ゼロ | ✕ 信義則違反の可能性高 |
② 発注者の都合による解除 | 社内方針変更などで一方的に打ち切り | ✕ 相手に責任なし |
③ メール通知だけで説明なし | 交渉や状況確認を省略 | ✕ 態様が不相当 |
④ 合意書なしで放置 | 後日トラブルや請求リスク | ✕ 契約不履行に近い扱い |
実例:一方的な解除で企業信用が毀損したケース
ある企業が業務支援の準委任契約を外部パートナーと結んでいました。業務の30%ほどが履行されたタイミングで、発注者は社内事情を理由に解除を通告。
しかも「報酬は不要」と一方的に伝え、説明も合意書も提示しませんでした。
その結果、受注者は経緯をSNSで公表。他のパートナー企業からの評価にも影響を及ぼし、企業ブランドの毀損にまで発展しました。
適切な交渉術|信義則違反を回避する3ステップ
ステップ①:進捗状況と工数の確認
解除を通知する前に、まず相手がどこまで業務を進めているかをヒアリングしましょう。
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進捗率はどの程度か?
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どの作業が完了しているか?
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実費や外注コストが発生していないか?
こうした情報を無視して一方的に解除すれば、トラブルに発展しやすくなります。
ステップ②:履行割合に応じた報酬提示
実際にかかった工数や履行割合に応じて、妥当な報酬を提示しましょう。
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例:契約金額100万円 × 履行30% → 30万円の支払いを提案
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例:調査設計や初期提案が完了している場合 → 40万円など妥当性の説明が可能
契約書にフェーズ別の金額が記載されていれば、それに基づいた清算が理想です。
ステップ③:合意解除書の作成と署名
合意解除書には、以下のような要素を含めるのが一般的です。
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契約の終了日
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支払金額と支払期日
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双方の請求権放棄
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守秘義務の継続
書面を残すことで、後日の「言った・言わない」トラブルを防ぐことができます。
信義則違反を防ぐための文例(メール案内)
このたびの契約解除にあたり、これまでご尽力いただいた点を考慮し、履行済部分の報酬として●万円をご提案させていただきます。
誠に恐縮ですが、合意解除書にてご対応いただけますと幸いです。ご不明点がございましたらお気軽にご相談ください。
このような文面で誠意をもって対応することで、相手方の反発や感情的な摩擦も防ぐことができます。
まとめ|「払わない」ではなく「納得の着地」を目指す
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契約の解除は自由ですが、履行済業務の報酬は支払う義務があります。
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法的に問題がなくても、不誠実な対応は信義則違反や企業信用の損失につながります。
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解除前にヒアリングを行い、妥当な報酬を提示し、合意解除書で正式に整理することが重要です。
誠実な解除対応が、結果として企業の評判や今後の取引に良い影響を与えることも少なくありません。
「正しく終わらせる力」は、プロフェッショナルな契約運用の基本といえるでしょう。