「一見の若者」より「なじみの大人」を——なぜ竹田市は40代以降をターゲットにした観光政策に舵を切るべきなのか
「観光客を増やしたいなら、まず若者を呼ぼう」——地方自治体の観光会議で、こんな言葉が飛び交う場面を想像するのは難しくありません。SNSでバズらせる、インフルエンサーに来てもらう、フォトジェニックなスポットを整備する。これらはすべて、若者を呼び込むための定番施策です。しかし、立ち止まって考えてみてください。多大なコストをかけて若者を呼んだとして、彼らはどれほど「また来てくれる」のでしょうか。
一方で、40代以降の旅行者には「気に入った宿や温泉に、何度も繰り返し通う」という顕著な行動特性があります。大分県竹田市が持つ資源——日本一の炭酸泉・岡城の歴史・大自然の静けさ——は、まさにこの層の心に深く刺さる種類のものです。本記事では、若者誘致の構造的な限界とコスト、そして40代以降をターゲットに据えることの合理性を、心理・経済・政策の三つの視点から徹底的に考察します。
若者はなぜ「一度きり」で満足してしまうのか
若者が「一度行ったら満足する」のは、意志の弱さでも竹田市の魅力不足でもありません。現代の若者を取り巻く情報環境と消費構造が、構造的にリピートを阻んでいるのです。
SNSが旅を「記号の消費」に変えた
InstagramやTikTokが普及した現代において、若者にとっての旅は「リアルな体験をすること」から、「その場所を訪れたという記号(映え写真)をコレクションし、SNSに投稿すること」へと変質しています。美しいスポットに赴き、決まったアングルで撮影し、ハッシュタグをつけて投稿した瞬間——その旅の主要な目的は、すでに達成されているのです。
一度投稿してフォロワーから「いいね!」を回収してしまえば、その観光地の「記号としての価値」は急速に失われます。同じ場所で同じ写真を再び投稿することは、洗練されたタイムラインにおいて「ネタの使い回し」を意味します。つまり、若者がリピーターになれない理由は、SNSの構造そのものに埋め込まれているのです。
選択肢の過剰と「機会損失恐怖(FOMO)」
LCC(格安航空会社)の路線拡大、旅行比較サイトの普及、民泊プラットフォームの台頭により、現代の若者は「安価に、かつ簡単に、日本中・世界中へ行ける」環境に置かれています。スマートフォン一つで、無限に近い旅の選択肢が眼前に広がっているのです。
この「選択肢の過剰」は、若者に強烈なFOMO(Fear of Missing Out:機会損失への恐怖)を植えつけます。世の中にはまだ見ぬスポットが無数にあるのに、「一度行ったことがある場所」を再訪することは、貴重な時間と予算の無駄遣いに映ってしまうのです。リピートとは、彼らにとって「新しい経験を得るチャンスを自ら放棄すること」と同義なのです。
タイパ至上主義が「深い旅」を阻む
動画を2倍速で視聴し、音楽のサビだけを聴く——「タイパ(タイムパフォーマンス)至上主義」は、旅にも深く浸透しています。若者が旅に求めるのは、事前にSNSで徹底的に下調べをして、スケジュール通りに観光スポットを効率よく「回収」することです。そこに、道草・偶然の発見・何もしない時間といった「余白」が入り込む余地はほとんどありません。
しかし「また来たい」と思わせる地域の本当の魅力は、その余白の中にこそ宿っています。温泉に何時間も浸かりながら何も考えない時間、地元のお年寄りとの何気ない会話、季節ごとに変わる山の表情。これらはタイパの尺度では「効率が悪い」行為ですが、まさにそれこそが深いリピート動機を生む源泉なのです。タイパ型の旅では、その土地は「クリアしたゲームのステージ」になるだけで、再び起動されることはありません。
若者をゼロから呼ぶには、莫大なコストがかかる
「一度きりで終わる」とわかっていても、若者を呼び込む施策に踏み切る自治体は少なくありません。しかし、その裏側に潜むコスト構造と副作用を正確に把握している例は、意外なほど少ないのです。
認知獲得コストの現実——「バズ」は買えない
若者向けのプロモーションで一般的に用いられる手法と、その現実的なコスト感を整理してみましょう。
| 施策 | 費用感(目安) | 持続性 |
|---|---|---|
| 大手インフルエンサーへのPR依頼 | 数十万〜数百万円/1投稿 | 投稿後数日〜数週間 |
| SNS広告(Instagram/TikTok) | 月数十万円〜(継続必要) | 配信停止で即消滅 |
| フォトジェニックスポット整備 | 数百万〜数千万円 | 陳腐化まで1〜2年 |
| 動画コンテンツ制作・拡散 | 数十万〜数百万円 | アルゴリズム次第 |
注目すべきは、いずれの施策も「効果が続いている間、投資し続けなければならない」点です。バズは一過性のものであり、次の話題が出れば瞬く間に忘れ去られます。そして競合する観光地も同じ手を打ち続けています。若者の目に留まり続けるためには、終わりのない消耗戦に参加し続けるしか道がないのです。
「映えスポット」の陳腐化サイクルは加速している
数年前、ある地方の「インスタ映えスポット」が話題を呼び、週末には長蛇の列ができた——そんなニュースを覚えているでしょうか。しかし今、そのスポットに行列ができているという話はほとんど聞きません。これが映え消費の現実です。
SNSのトレンドサイクルは年々加速しており、新しいフォトスポットへの関心が持続する期間は、以前と比べて確実に短くなっています。せっかく整備した施設が「古い」と判断されるまでの時間が短縮されているとすれば、投資コストを回収する前に次の投資が必要になるという構造が続くことになります。
最大の副作用——竹田市の「本質的価値」を毀損するリスク
コスト以上に深刻なのが、若者誘致策が竹田市の固有の魅力そのものを破壊しかねないという逆説です。若者向けの観光開発が進むと、具体的にどうなるかを考えてみましょう。
- インスタ映えを狙った派手なオブジェや装飾が城下町の街並みに溢れる
- 集客のための大音量BGMやイベントが、静寂を求める旅行者を追い払う
- 回転率を上げるためのファストフード化が、地域の食文化を希薄にする
- 週末の混雑が、何度も通う40代以降のリピーターに「もう来たくない」と思わせる
竹田市が誇る「静謐な城下町」「本物の湯治文化」「手付かずの自然」は、40代以降のリピーターが最も価値を置く資源です。若者受けを狙った観光開発はその価値を根こそぎ損なう危険性があります。若者を呼ぼうとした結果、最も大切にすべきお客様を失うという最悪のトレードオフが起きかねないのです。
それでも若者誘致にメリットはあるか?冷静に考える
ここまで若者誘致の限界とコストを論じてきましたが、「では若者は全員お断りか?」というと、そうではありません。若者誘致には確かに存在する副次的なメリットがあります。ただし、それを正確に理解したうえで、「主役」にすべきかどうかを判断することが重要です。
若者誘致の3つのメリット
- ① 無償の情報拡散(認知拡大):若者がSNSに投稿してくれることで、広告費をかけずに竹田市の名前が広まる可能性がある
- ② 将来の40代・50代予備軍としての「種まき」:今20代の若者が20年後、竹田市を「若い頃に行ったあの場所にまた行きたい」と思い出すきっかけになり得る
- ③ 地域の活気と住民の誇りの維持:若い来訪者の存在が地元住民に活力を与え、地域全体の自己肯定感につながる側面がある
それでも「主役」にすべきでない理由
上記のメリットは確かに存在しますが、いずれも「竹田市にとって今すぐ必要な安定した経済基盤」をもたらすものではありません。SNS拡散は予測不可能であり、20年後の種まき効果は不確実で、住民の活気は直接的な収入にはなりません。
| 比較軸 | 若者(10〜30代) | 40代以降 |
|---|---|---|
| 1回あたりの消費額 | 低〜中(予算制限あり) | 中〜高(質に投資する) |
| リピート率 | 極めて低い(構造的) | 高い(行きつけ文化) |
| 口コミの質 | 広がりやすいが信頼性低 | 狭いが信頼性・深度高い |
| 誘致コスト | 高い(常に投資継続が必要) | 低い(リピートで自走) |
| 竹田市の資源との親和性 | 低い(刺激・映えを求める) | 非常に高い(静寂・本物感を好む) |
結論は明確です。「若者は来てもいい、でも政策の中心に据えるべきではない」。若者はあくまで自然に訪れる来訪者として歓迎しつつ、竹田市が限られた政策資源を集中すべき対象は、40代以降の層なのです。
40代以降が「行きつけ」を作る理由——心理と経済の構造
ライフステージの変化と「観光の日常化」
40代を迎えると、人の旅への意識は静かに、しかし確実に変化します。20〜30代の頃は「未知との遭遇」や「自分の可能性を試す旅」に興奮を感じていたとしても、中間管理職の重圧・親の介護への不安・自身の体力低下が重なるこの時期、旅に求めるものは根本的に変わります。
彼らが切実に求めるのは「心身の回復(リカバリー)」です。旅はイベントではなく、すり減った自分を定期的にメンテナンスするための「日常の一部」へと変わっていくのです。過剰な刺激はかえって疲弊した神経を逆撫でするノイズになり、代わりに、静かに自分を包んでくれる安全で予測可能な環境が強く求められます。
「なじみ」という、お金では買えない精神的資産
40代以降が「行きつけ」に強く惹かれる背景には、脳の認知資源の節約という現実的な理由もあります。日常業務で膨大な意思決定を迫られている大人にとって、旅先での「期待外れ」や「想定外のトラブル」はただのストレスです。
「あの宿に行けば、いつも通りの最高の温泉があり、自分の好みを知ってくれているスタッフが温かく迎えてくれる」——この裏切られない安心感こそが、何物にも代えがたい価値になります。さらに、同じ宿や地域に何度も通うことで「〇〇さん、今年もお越しくださいましたか」という緩やかな関係が生まれます。都会の匿名的な生活の中では得がたい、自分の存在を丸ごと受け入れてもらえるような感覚。これが「行きつけ」という精神的資産の正体です。
客単価・リピート率・LTVという「経済的現実」
感情的な話だけではありません。40代以降は経済的にも優位な顧客層です。統計的に、この世代はライフサイクルの中で最も収入が高まる時期にあたります。彼らは「安さ」ではなく「質の高さ」にお金を払います。移動時間を削って観光地をハシゴする1泊2日より、同じ宿に3泊して温泉に何度も浸かり、窓の外の山の緑をぼんやり眺める時間に価値を感じるのです。
LTV(顧客生涯価値)の観点では、一人の40代のリピーターが10年・20年にわたって竹田市を訪れ続けた場合の経済効果は、一度きりの若者観光客とは比較になりません。季節変動の激しい観光需要に左右されない「安定したベース需要」として機能してくれる40代以降のリピーターこそ、地域経済にとって最も頼りになる顧客なのです。
なぜ竹田市は、40代以降に「刺さる」のか
長湯温泉の「身体的必然性」——定期的に通う理由が生まれる湯
竹田市最大の武器は、世界でも珍しい高濃度炭酸泉「長湯温泉」の存在です。この温泉の炭酸ガスは皮膚から吸収され、血管を拡張して血行を劇的に促進します。40代以降の多くが抱え始める高血圧・動脈硬化・慢性疲労・冷え性といった「未病」への効果は、医学的に見ても高く評価されています。
重要なのは、この効果が「一度入れば終わり」ではなく、「定期的に訪れることで維持・向上する」性質を持つ点です。レジャーとして年に1回行く温泉ではなく、数か月に1回、自分の身体をリセットするために「必要だから行く」温泉。この「身体的必然性」こそが、他の観光地が逆立ちしても真似できない、竹田市固有のリピート構造を生み出します。
岡城・城下町・瀧廉太郎——大人の教養に深く刺さる歴史文化
若者にとって岡城は「古い石垣」かもしれません。しかし、ある程度の人生経験を積んだ大人がその断崖絶壁の上に立ち、瀧廉太郎が「荒城の月」を着想したという背景を知りながら眺める景色は、全く異なる次元の感動を呼び起こします。盛者必衰、人の営みの儚さ——これらは若さゆえに「ピンとこない」テーマですが、40代以降の心には深く染み入ります。
城下町の武家屋敷通り、隠れキリシタンの洞窟礼拝堂、歳月を経た古民家の佇まい。これらは商業的に消費されることなく、凛とした静けさを保ち続けています。「この街をもっと知りたい」「季節を変えてまた来よう」——そう思わせる知的引力が、竹田市の歴史文化資本には宿っているのです。
「何もない」という最大の武器——デジタルデトックスの聖域
「竹田市は夜が静かすぎる」「アミューズメント施設がない」——地域によってはこれを弱点として捉えることもあるかもしれません。しかし40代以降の大人にとって、これこそが最大の魅力です。スマートフォンの通知、電車の喧騒、ネオンサインが溢れる都市生活に慢性的に消耗している大人たちが渇望しているのは、情報の追加ではなく「情報の完全な遮断」なのです。
くじゅう連山から流れる風の音、鳥のさえずり、木々の葉擦れ——自然の原音だけが満ちた空間は、疲弊した神経を優しく調律してくれます。夜になれば深い静寂に包まれる竹田の街は、過剰なものが何もない究極のリトリート(避難所)です。「都会では代替できない空間」であることが、競合する他の温泉地に対する圧倒的な差別化要因となります。
竹田市が今すぐ始めるべき3つの政策アジェンダ
① サブスク型温泉パスポートで「関係人口」を囲い込む
長湯温泉の主要な外湯を自由に利用できる年間温泉パスポート「竹田・湯治サークル(仮称)」の創設を提言します。単なる割引券ではなく、「竹田市の名誉市民」というステータスと、地元農家から旬の野菜が届く定期便などの特典を組み合わせることで、「会員であること自体に愛着を感じ、何度も通いたくなる」行動経済学的な仕掛けを作ります。一度会員になった40代以降は、投資した元を取りたいという心理と地域コミュニティへの帰属意識によって、定期的なリピートが習慣化していきます。
② 「新・湯治(ウェルネス・リトリート)」として竹田市をブランド化する
温泉療法専門医・管理栄養士・健康指導員と連携した、2泊3日〜3泊4日の「現代版・湯治プログラム」を開発します。到着時の血管年齢・ストレス指数の簡易測定、体調に合わせた入浴スケジュールの処方、竹田の食材を使った薬膳養生食の提供、久住高原での呼吸法ウォーキングを組み合わせた「心身の車検パッケージ」です。「ここに来ると体調が劇的に良くなる」という成功体験を持った40代以降の顧客は、半年〜1年後、また竹田に戻ってきます。
③ ターゲットに届くメディア戦略とアクセシビリティの徹底整備
40代以降の成熟した消費者は、インフルエンサーの過剰な演出より、文脈のあるストーリーと信頼できる同世代の口コミを信じます。『サライ』『家庭画報』などの上質な媒体や、ウェルネス・健康系専門誌とのタイアップ、丁寧なニュースレターによる会員との一対一の関係性構築が有効です。また、大分空港・熊本空港・博多駅から長湯温泉への「完全予約制ダイレクトシャトル」の整備も不可欠です。移動ストレスの解消こそが、他の温泉地に対する強力な差別化になります。
まとめ——「ブームを作らない」という決断が、竹田市の未来を守る
本記事の論点を整理します。
- ✅ 若者が一度きりで満足するのは意志の問題ではなく、SNS・FOMO・タイパという構造的な問題である
- ✅ 若者誘致には莫大なコストがかかり、竹田市の固有価値(静謐・本物感)を毀損するリスクがある
- ✅ 若者誘致のメリットは副次的であり、政策の主軸には据えるべきでない
- ✅ 40代以降は「行きつけ」文化を持ち、客単価・リピート率・LTVのすべてで圧倒的に優位な顧客層
- ✅ 竹田市の長湯温泉・歴史文化・大自然の静けさは、40代以降が最も求める価値と完全に合致している
一過性のブームは必ずその後に急激な廃れを伴います。竹田市に必要なのは、勇気を持って「ブームを作らない」と決断し、40代以降の大人が「ただいま」と言って何度でも帰ってきたくなる「なじみの街」を静かに育て続けることです。観光客数(量)ではなく、リピート率・滞在時間・LTV(質)を新たな指標として、10年後・20年後も輝き続ける地方観光の姿を、竹田市から発信していきましょう。
🌿 竹田市の観光戦略・地域づくりについてご相談ください
「40代以降向けの観光コンテンツを作りたい」「竹田市の魅力を正しく伝えるメディアを作りたい」
そんなご相談、ぜひお気軽にどうぞ。一緒に竹田市の持続可能な観光の未来を考えましょう。
※ 本記事における施策案・数値はあくまで考察・提言を目的としたものです。実施にあたっては各種法令・予算・地域の実情に合わせてご検討ください。
